ウイトリッヒの森

45歳、男性

『休日にどこに行くか問題』

 

娘がまだ小学生だった頃は休日のお出かけ候補は

限りなくありました

 

『今度はあそこ行きたい!』『あれも食べてみたい!』

と無邪気な子供の希望を叶えるのが父親としての喜びでした

 

それが中学生になった途端

部活だ、勉強だ、友達だ、と

もう全く必要とされなくなった悲しい現実

 

私は性格的に、休日ボケーっと過ごす

ということがあまり得意ではありません

何かしていないと気が済まない

刺激を求めて、アチコチ興味のある事をいつも探しています

 

私の携帯電話のエバーノートには

『行きたいところリスト』『近々やりたいことリスト』

という項目があります

 

テレビや雑誌などで見た、人から聞いた、ふと思いついた

あちらこちら

休日に行きたいところが無い時には、そのリストを見ながら

自分にムチ打ち、リスト先に出かけていく

そんな休日の過ごし方をしばらくしていました

 

しかし、うすうす気づいていたのですが

外部の刺激を求めていない自分

無理に出かけていくことは、楽しみではなく苦行に近くなっている

そう思った自分に『本当は休日をどう過ごしたいの?』と

問うてみたところ

『森で癒されたい』とのこと

 

今週は自分の声に従ってみようと

ウイトリッヒの森へ

 

 

入り口にはいきなり公衆電話

『懐かしい』ともう癒された気分

 

見ての通りの森です

木と草と土しかありません

 

周辺はいつも仕事でお手伝いしている場所だったり

馴染みのある住宅街なのですが

一歩森に入ると、空気が変わります

私が求めていた癒しです

 

癒しの理由は情報量の少なさだと思いました

街で日常生活をしていると

無意識に受信している様々な情報

 

住宅やお店、道路や信号

看板や人間、電信柱も電線も

すべて無意識に受信している情報なんだと思いました

 

森にはそういう情報が無く

草木や鳥の鳴き声だけ

 

遠くに刺激を求めるよりも

誰もいない森で森林浴しているほうが

素敵な休日になるなあ

 

滞在時間はせいぜい30分くらいでしたが

すっかり気分が良くなりました

気分が良くなったので

切り株なんかを撮ってしまいます

 

訪れたのは冬の寒い日で

枯れ木ばかりでしたが

季節ごとの雰囲気の違いを見に行くのも良さそうです

 

鳥の声、落ち葉を踏んだ感触、小さく咲いた花

どれもこれも多幸感をもたらしてくれました

 

ウイトリッヒさんはスイス人の技術者だそうです

矢部町にウイトリッヒさんが住んでいたお家がありますが

そのお家に住む以前はこの森に邸宅を構えていたそうです

 

 

ウイトリッヒさんも私と同じように

刺激に疲れた悲しきお父さんだったのかもしれないなあ

誰だかよく知りもしないのに

そう思いました

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